鳥山明のめんどくささ

ドラゴンボールの作者(さくしゃ)である、鳥山(とりやま)明(あきら)の漫画(まんが)作品(さくひん)は、あまりタッチをつけないで、均一(きんいつ)な線(せん)が用い(もちい)られています。また、スクリーントーンもあまり使わ(つかわ)れていません。それは、単に(たんに)、鳥山(とりやま)明(あきら)自身(じしん)が、非常に(ひじょうに)面倒くさがり(めんどうくさがり)だと言うこと(いうこと)です。なので、トーンを使わ(つかわ)ないのも、切っ(きっ)たり貼っ(はっ)たりするのが面倒(めんどう)だからと、自分(じぶん)には合わ(あわ)ないと言っ(といっ)ています。本人(ほんにん)言う(いう)には、「スクリーントーンを切り貼り(きりばり)する作業(さぎょう)は、漫画(まんが)を描く(えがく)作業(さぎょう)ではないと思う(とおもう)」とのことです。ただし、スクリーントーンが嫌い(きらい)な訳(わけ)ではないのです。むしろ使い(つかい)たいと話し(はなし)ていたこともあります。また、鳥山(とりやま)明(あきら)の漫画(まんが)では、ネームを描か(えがか)ずに、下書き(したがき)をいきなり始める(はじめる)という、普通(ふつう)とはすこし違った(ちがった)、製作(せいさく)方法(ほうほう)を取っ(とっ)ています。これも、鳥山(とりやま)明(あきら)自身(じしん)が、「3度(ど)も描く(かく)のが面倒(めんどう)」だと、担当(たんとう)編集者(へんしゅうしゃ)である鳥嶋(とりしま)に話し(はなし)たのです。他(ほか)に、鳥山(とりやま)の「面倒くさがり(めんどうくさがり)」を表す(あらわす)エピソードとして、こんなものもあります。『Dr.スランプ』では背景(はいけい)を描く(かく)のが面倒(めんどう)で村(むら)を舞台(ぶたい)にしたことや、「雨(あめ)を描く(かく)のが苦手(にがて)」ということで、漫画家(まんがか)の妻(つま)と結婚(けっこん)するまで、彼(かれ)の作品(さくひん)では、雨(あめ)を降らせ(ふらせ)なかったようです。『ドラゴンボール』では、超(ちょう)サイヤ人(じん)の髪(かみ)をベタ塗り(ぬり)せずにしたのは、時間(じかん)短縮(たんしゅく)になるからです。また、フリーザの最終(さいしゅう)形態(けいたい)も、簡単(かんたん)にすることで、作画(さくが)の手間(てま)をはぶかせました。描く(かく)のに時間(じかん)がかかるような、市街地(しがいち)などは、すぐに爆破(ばくは)させたり、移動(いどう)させたりなどしていました。描か(えがか)れる作品(さくひん)には、動物(どうぶつ)が、あたりまえのように、人間(にんげん)の言葉(ことば)を話し(はなし)、人間(にんげん)社会(しゃかい)にも溶け込ん(とけこん)でいます。そして、様々(さまざま)なメカニックなどが登場(とうじょう)します。サブキャラクターに動物(どうぶつ)や異星人(いせいじん)が多い(おおい)理由(りゆう)は、普通(ふつう)の人間(にんげん)だけでは、顔(かお)を描き分ける(えがきわける)のが大変(たいへん)で、動物(どうぶつ)や異星人(いせいじん)・ロボットなどを描く(えがく)方(ほう)が楽(らく)だからということらしいです。作者(さくしゃ)は、かなりのめんどくさがりやですが、実写版(じっしゃばん)映画(えいが)に出演(しゅつえん)する人達(ひとたち)にかんしては、丁寧(ていねい)に演じ(えんじ)てほしいものです。そもそも、ドラゴンボール実写版(じっしゃばん)に出演(しゅつえん)する人たち(ひとたち)は、鳥山(とりやま)明(あきら)の性格(せいかく)なんて、知ら(しら)ないですよね。

ドラゴンボール 映画

ドラゴンボールの作者である、鳥山明の漫画作品は、あまりタッチをつけないで、均一な線が用いられています。

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