永遠のライバル、ベジータ

今回(こんかい)、ドラゴンボール、実写(じっしゃ)映画化(えいがか)の第2(だい2)の主役(しゅやく)とでも言っ(いっ)ていいでしょう。ベジータとは、孫悟空(そんごくう)とともに、サイヤ人の数(ひとのかず)少ない(すくない)生き残り(いきのこり)の一人(ひとり)です。惑星(わくせい)ベジータの王子(おうじ)であり、サイヤ人(じん)王子(おうじ)としてのエリート意識(いしき)がとても強く(つよく)、プライドの塊(かたまり)のようは性格(せいかく)です。ドラゴンボールの存在(そんざい)を知っ(しっ)たベジータが、シェンロンに叶え(かなえ)てもらいたかった願い(ねがい)は、「永遠(えいえん)の若さ(わかさ)と命(いのち)」でした。初め(はじめ)は、孫悟空(そんごくう)のことを下級(かきゅう)戦士(せんし)で、「落ちこぼれ(おちこぼれ)のクズ野郎(やろう)」と見下し(みくだし)ていたのですが、自分(じぶん)が悟空(ごくう)より劣っ(おとっ)ていることをうすうす気づき(きづき)、魔人(まじん)ブウとの戦い(たたかい)では孫悟空(そんごくう)をナンバーワンと認め(みとめ)ています。ベジータは自分(じぶん)の力(ちから)に絶対的(ぜったいてき)な自信(じしん)を持っ(もっ)ていて、最下級(さいかきゅう)戦士(せんし)の生まれ(うまれ)でありながら自分(じぶん)よりも強く(つよく)なった孫悟空(そんごくう)を認め(みとめ)られず、とても激しい(はげしい)ライバル意識(いしき)を燃やし(もやし)ています。そして、ピッコロやクリリンなどもいる中(なか)で、強い(つよい)敵(てき)と、最後(さいご)まで孫悟空(そんごくう)の実力(じつりょく)に付いていく(ついていく)ことができた、唯一(ゆいいつ)の存在(そんざい)なのです。口(くち)は悪い(わるい)が、相当(そうとう)な努力家(どりょくか)でもあります。そして、ベジータは、ブルマ と一緒(いっしょ)になり、子供(こども)も生まれ(うまれ)ます。しかし身勝手(みがって)な行動(こうどう)が多い(おおい)ことと、自身(じしん)の戦う(たたかう)ことが好き(すき)な性格(せいかく)なので、身勝手(みがって)な行動(こうどう)をとることは多々(たた)あるが、孫悟空(そんごくう)やピッコロが「天才(てんさい)」と認める(みとめる)ほどの強さ(つよさ)を持っ(もっ)ていたのだ。ブウ編(へん)になると、素直(すなお)に行動(こうどう)で表す(あらわす)ことは少ない(すくない)が、家族(かぞく)への愛情(あいじょう)を徐々に(じょじょに)示す(しめす)ようになり、家族(かぞく)を守る(まもる)ために自分(じぶん)の身(み)を犠牲(ぎせい)にするなど、人間らしい(にんげんらしい)一面(いちめん)も見(み)られるようになりました。また、孫悟空(そんごくう)やピッコロたちに対(たい)する仲間(なかま)意識(いしき)も徐々に(じょじょに)芽生え(めばえ)ていったのです。息子(むすこ)のトランクスとは、厳しい(きびしい)修行(しゅぎょう)をともにし、孫悟空(そんごくう)の息子(むすこ)、悟天(ごてん)に負け(まけ)ないように育て(そだて)ました。その一方(いっぽう)、娘(むすめ)のブラちゃんには頭(あたま)が上がら(あがら)ないようです。コミックでは、孫悟空(そんごくう)のことを常に(つねに)「カカロット」と呼ん(よん)でいたのだが、一度(いちど)だけ「悟空(ごくう)」と呼ん(よん)だことがあります。原作者(げんさくしゃ)である鳥山(とりやま)明(あきら)は、ベジータのことを「あまり好き(すき)ではないが、随分(ずいぶん)と世話(せわ)になったキャラクター」と語っ(かたっ)ています。始め(はじめ)は、冷酷(れいこく)な悪役(あくやく)というイメージが強かっ(つよかっ)たのだが、徐々に(じょじょに)仲間(なかま)となり、ベジータの変わっ(かわっ)ていく姿(すがた)が、作品(さくひん)の中(なか)でも見所(みどころ)の一つ(ひとつ)でしょう。ドラゴンボール実写(じっしゃ)映画化(えいがか)でも、このベジータ、どのように演じる(えんじる)のか見物(けんぶつ)であります。

ドラゴンボール 映画

今回、ドラゴンボール、実写映画化の第2の主役とでも言っていいでしょう。

ドラゴンボール 映画